東京都在住、nounさん(20代、女性)の体験談をご紹介します!
楽しい旅行の計画〜英語は喋れなくてもなんとかなるさ〜
今から3年前、大学卒業を控え卒業旅行の計画を立てていた。
英語は中学生レベルも理解できない。
当然、喋るなんてもってのほかだ。
だが、こんなに長い休みはこれか先あるかどうかも分からないし、4月からは嫌でも働かなければならない。
そこで、いつかは必ず訪れたいと思い焦がれていた、ニューヨークへ彼と行くことに決定した。
旅先を決めれば、後は飛行機、ホテルを予約さえしてしまえば後は想いを巡らせ
- 自由の女神を見るのは必ず
- いつもはあまり興味ないけど、エンパイアステイトビルディングに登って夜景を見よう
- 治安が悪くて危なそうだけどブルックリンで古着屋さんを巡ろう
- 美術はよく分からないけどニューヨークだから近代美術館のMoMAにも行こう
など想像を膨らませ、今か今かと旅行当日を心待ちにしていた。
もちろん、楽しみを考えるのが先で、「英語が喋れない」ことなんて頭に浮かんでくることなんて一度もなかった。
だって、彼は英米語学科だし、ある程度の会話は出来るから任せればいいし、なんとなく身振り手振りとか、最終手段は携帯で翻訳すればいいやと軽く考えていたからだ。
当然、その時の考えの甘さは旅先で痛感することになるとも知らず、楽しみの旅行のために毎日バイトに明け暮れたのだった。

簡単な英語も聞き取ってくれない。こんなはずじゃなかったのに。
待ちに待った旅行当日、神戸空港から、成田に向かい、成田からまずはシカゴへ飛んだ。
成田から、アメリカン航空の機内へと乗り込むが既に、外国感が否めない。
考えてなかったが、アメリカの航空会社だから、外国人の乗務員がいるのは当たり前だ。
飛行機は日本を出発し、ここから約13時間の長いフライトが始まる。
そこで、第一関門が訪れる。
それは、食事やドリンクを貰う際の質問だ。
食事は、”beef or chicken?”などの2択であったため、これはセーフ。
しかし、ドリンクとなると種類が多い上に正しい発音が分からない。
ここでは欲しくないが分からないから”Cola”をひたすら頼むことにした。
だが、ここで一度、コーヒーが飲みたくなって頼んでみるが・・
海外ではブラックコーヒーを頼む際は、最初からブラックコーヒーと伝えるか、ミルクと砂糖はいらないことを事前に伝えなければいけないと客室乗務員の女性に注意された。
まずここで最初の心が折れることとなる。
長いフライトを終え、シカゴへ到着し、ここからラガーディア空港行きの飛行機へと乗り換えるため、入国検査へ。
ここでは、アメリカへ入国する目的や、宿泊先を聞かれるが、空港ということもあり無事通過。
ただ、なぜだか分からないのだが空港職員に背が低いことを珍しがられ謎の笑いが起き、一度心が折れかけたが、雰囲気でなんとか大丈夫だと持ち直す。
気を取り直し、最終目的地であるラガーディア空港に向け出発。
ここから更に6時間ほどのフライトを経て、ようやく到着。

到着した頃には、移動で疲れ果てていたが、ここからホテルまで移動しなければならない。
移動はバスで行うのだが、早速どこのバス停から乗るのか、どこでチケットを買うのかさっぱり分からない。
2人でうろうろ探し回るもよく分からず、疲れもありで不機嫌気味に。
そうこうしていると、券売機らしきものを見つけ、購入している人がいたので、その人の見様見真似で何とかチケットの購入に成功し、バスに乗車することが出来た。
それから、バス、メトロを乗り継ぎようやくホテルへと到着。
無事、チェックインを済ませ、荷物を解いたところで、お腹がすいたので、晩御飯を近くのデリ(お惣菜屋屋さん)へ買い出しに。
ニューヨークでの初めての食事にテンションは上がり、ニューヨークといえば「ピザ」!
店員さんに”Pizza”と片言の英語で伝え、簡単な単語だしすんなり伝わるだろという思いは届かず・・
笑いながら”Ha?”と聞き返され、こんな簡単な単語も伝わらないのかと、ニューヨークに到着しわずか数時間で心が完全に折れてしまったのだった。
それ以降、1週間程滞在し買い物したり観光したりとせわしなく遊び回るのだが、会話が必要になると彼を呼びつけては通訳してもらうという手段をとることにした。
今考えると、子どもじゃないのだから自分なりに工夫して伝えようとしろよと自分に言ってやりたい話である。
英語は喋れたに越したことはない。
喋れなくても身振り手振りで伝えようとすべき
旅行中の些細な出来事から、「英語で伝える」ことに心が折れ、片言の拙い英語を話すことに恥ずかしさを覚えてしまった私。
なぜこうも、些細なことに心が折れてしまったのだろうか。
今改めて振り返ってみると、「出来ないこと」に意識が向きすぎていたのではないかと思う。
私の性格は、THE日本人という感じで、出来ないこと、失敗することは恥ずかしいことと、自分ではなく、他者からどう思われるかに気が向いてしまっている。
たかが、一言だけが伝わらなかっただけで、情けないと思うだろうか。
もし、思われたとしてもその瞬間くらいで、人は他人に基本的には興味がないから数十分もすれば忘れてしまうのだ。
そんなことを気にして、心が折れている自分が一番情けないと今になって思う。
やって失敗して、何が失敗だったかを学び、方法や手段を変えて挑戦することが、自分のためになるし成功への秘訣だと思う。
まとめ
英語が話せないのなら身振り手振りを大きくしてみたり、文字にして伝えてみたりと、これがダメなら違う方法を挑戦してみることが何よりも大切だと感じる。
この考えは、英語に限った話ではなく、どんなことにも当てはまる。
年齢を重ねるとともに、逃げたくなるが、逃げずに向き合うことが何より成功への近道だと思う。
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