ニューヨーク在住、ゆいさん(事務職、29才)から英語ができてご自身の世界が広がったお話をしていただきました!
初めての海外生活
あれは私が24歳の時、人生で初めて日本を離れて長期で生活することを決意。
不安と期待を胸に、ワーキングホリデーでオーストラリアに旅立ちました。
日本ではいつも日本人に囲まれて何不自由なく過ごしていた私
もちろん英語なんて挨拶くらいしかできなくて…
初めて語学学校に登校した日の帰り
ホームステイのおうちまで語学学校から帰るバスを間違え、気が付けば漆黒の闇の中…
人気のないバス停で不安と恐怖で半泣き状態でした。
通りがかりの人に道を聞いても、何を言っているかちんぷんかんぷん。
困り果てていた時、やっと通ったバスの運転手にカタコトの英語でなんとかホームステイのおうちの住所を伝えると、なんとか乗るべきバスの番号を教えてもらうことができました。
ところが、そのバスがやっと来たと思ったら目の前を通り過ぎて行ってしまいました。
オーストラリアでは手を挙げないとバスは止まってくれないのです。
ラッキーな事にたまたまタクシーが通ったのでその日はなんとか事なきを得ました。
その後も住む場所を探すのに一苦労
管理人と待ち合わせをするのも英語だし、住所を聞いても今みたいにGoogle mapなんて便利なものはないからカタコトの英語で人に聞きながら時には何時間も歩いてたどり着く始末…
住んで最初の頃は道に迷って歩きすぎて一気に3Kg痩せました(笑)
外国人の友達を沢山作ろう!と意気込んで来たのは良かったのですが、そんな状態だからネイティブの英語の早さについていけるはずもなく、いつも愛想笑いを浮かべては心の中で悔しい思いを抱えていました。
なんとかコミュニケーションを取りたい!
せっかく海外に来たのに、ネイティブの英語は想像を遥かに超える聞き取りづらさ(こちらから喋るなんてもってのほか…)
このままじゃいけない!と大嫌いな勉強をすることに決めました。
ネイティブの友達と居る間
- 知らない単語や言い回しは全て質問し、ノートに全てメモする
- 家に帰ると、メモした内容を全て電子辞書で調べる
- 意味を知るだけでは実際に使えないと思い、例文もいくつか作る
という勉強をつづけました。
そしてネイティブの友達と会う機会に、勉強した言い回しや単語を積極的にアウトプットしていきました。
それと同時に正直ホームシックでしんどかったけど、日本人の友達は作らないよう極力日本語を使わないで居られる環境づくりを心掛けていました。
住む場所も英語学習には大切と思い、ホームステイの後に少しだけ住んだ綺麗で眺めのいい、居心地のいい日本人と同室のアパートを出る決意をしました。
たまたま友達が住んでいた家が男女7人で1つのアパートをシェアしていて、日本人は一人もいなく、全員がバラバラの国籍という英語学習にはもってこいの環境でした。
その友人は丁度その家を出るところだったのでお願いして、そこに住ませてもらえることになりました。
最初この家に住み始めてすぐは、住人のみんなが何を言っているか半分も聞き取れない状態
洗濯機の使い方が分からなくても聞けない。何度やっても脱水がかからずびしょびしょの洗濯物を見つめて途方にくれていました。
それでも積極的にコミュニケーションを取ることは常に心掛けていた為か、ルームメイト達も私が英語があまりできなくても仲良くしてくれて、毎週のようにテラスでバーベキューをしたり、一緒に出掛けたりする日々が続きました。
ふっと気が付けば…
オーストラリア生活も半年近くなった頃
気が付けば知らない場所に行き道に迷っても躊躇なく道を聞けるようになっている自分に気が付きました。ネイティブの友達が言っていることもだいたい分かるのです。
タクシーに乗れば運転手さんと世間話がはずむ。
運悪くカバンごとひったくりに遭った時もすぐに警察に行き、自分で警察の電話からカード会社に電話をしてカードをストップする、という事もできるようになっていました。
人間とは不思議なもので、今にして思うとたった半年でそんなに流暢に英会話ができていたとは思えないのですが、慣れと自信、これがあると自然とコミュニケーションが取れるようになるものなのでしょうか。
そんな私も今はニューヨークで仕事をし、アメリカの業者にも躊躇なく英語で電話をかけて、時にはクレームをつける事もできるようになりました。
まとめ
最後までお読みいただきありがとうございます。
意気揚々とオーストラリアに旅立ったあの時、正直あそこまで英語で苦労するとはみじんも想像していませんでした。悔しい思いも心が折れそうになった事もたくさんありました。
英語学習に限った話ではありませんが、「諦めない事」これが何より大切なのかな、と今にして思います。あの時諦めないで努力を続けた事、そのおかげで今の私があります。
世界中に溢れる情報の中で、英語の情報は日本語の情報に比べ膨大です。それを理解する事ができるだけでも英語ができるようになって本当に良かったなと思います。
そして異なる文化背景で暮らす人と直接コミュニケーションが取れること、そうすると日本というアジアの島国で育った自分の凝り固まった価値観が一気に広がるのを実感できます。
24歳のあの時、
- 一歩を踏み出して日本を飛び出した事
- 諦めないで努力をした事
この事が、間違いなく自分の世界や視野を大きく広げてくれました。
これからもその先に新たな世界が広がっている事を常に思い描きつつ、英語レベルの向上は日々続けていくつもりです。